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代表 長谷川のブログ

欲望


紫色の満月

今日友人であり、あるいは敵である者が、明日敵となり、あるいは友となることは珍しくない。しかし、いつの時でも敵であるのは、欲望である。欲望という敵に屈服すればするほど敵はあなたを支配する。あなたは欲望に翻弄され、その奴隷となる。

こ んにち、すべての人が頭のてっぺんから足の先まで、富、社会的地位、名声、ぜいたくな生活などへの無数の欲望で満ちている。さまざまな欲望は、四方八方か ら絶えず人間に襲いかかる。欲望の数は増すばかりであり、修行と本分遂行は、欲望によってどこかへと押しやられてしまう。だから執着を捨て、欲望を去り、 欲望を制御しなさい。
〔サティア・サイ・ババ 『UNITY IS DIVINITY』より〕

葬儀屋をやっているとよくわかるのですが、この世には〝過ぎ去ることのない不変不滅のもの〟は存在しません。

数十年後には、わたしはこの世にはいないでしょう。
数百年後には、わたしが住んでいる家もこの地上から消えていることでしょう。

あの世には何も持ってゆくことができません。

物質には滅びを免れることのできる〝永遠のもの〟はありません。

なにもかもが、ひとしく時の車輪に押しつぶされてゆくのです。

ゆえに、〝いまあるもの〟に執着し、それを失うことに恐怖するのは、この世の構造自体に逆らうことであり、まったくもって不毛なことなのではないかと思います。

重力の存在を否定しても重力を消すことができないように、帰滅を司る時の車輪の存在を拒絶しても滅びを免れることはできません。

そう考えてみると、過度の欲望をもつことや執着すること自体が無意味なのがよくわかります。

きっとこのような考え方を骨の髄まで浸透させることができれば、おのずと欲望は薄くなり、執着は消え去ることでしょう。

ところで、執着は百害あって一利無しなので是非とも完全に消え去っていただきたいものですが、欲望は完全に捨てる必要はないと思います。

欲望をすべて捨ててしまえば、悦び、達成感、充実感、生きる気力など、欲望から生じるこれらプラスの要素もすべて捨ててしまうことになるのですから。

欲望を完全に捨て去った人生・・・想像してみましたが、ほんとうにつまらないものだと思います。

わたしもこの一節が示すように、欲望は捨てるのではなく、制御すればよいものであると思います。

大切なのは、足るを知ること、いまあるものに感謝すること、そして、この世には〝不滅のもの〟はないと理解し、感謝して受け取り、感謝して手放すことだと思います。

・・・ここまで考えてみて、ふと気づいたのですが、やはりまだまだ自分はこれらを完全にできていないことがたいへんよくわかりました。

わかりきったことではありますが、これからもたゆまぬ精進が必要です。

すべての執着を捨て、欲望を完全に制御できるその日まで。

・・・道のりはまだまだ長そうですね。

合掌

館山市・南房総市・鋸南町の葬儀会社「三和仏商(サンワコーポレーション)」

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