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代表 長谷川のブログ

悪しき友と交わるなかれ

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悪しき友と交わるなかれ 卑しき人と交わるなかれ

善き友と交わるがよい 尊き人と交わるがよい

〔法句経〕

 

 

『邪悪な者どもと交際するな』

 

このような教えは法句経だけでなく、古今東西あらゆる聖典で説かれています。

 

・・・人間関係が人生に及ぼす影響は絶大です。

 

自分のためにも周囲のためにも付き合う人物はよく吟味しなければならないと、あらためて考えさせられた今日この頃でした。

合 掌

館山市・南房総市・鋸南町の葬儀会社「三和仏商(サンワコーポレーション)」

テーマ:

内なる鏡

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毎朝出かける前に鏡の前に立ち、外見のおかしなところを直すように、自分自身の三業(行動・言葉・思考)も〝内なる鏡〟に映し出して、おかしなところは直さなければなりません。

 

もしも毎朝鏡を使わずに、寝癖がついていたりネクタイが曲がっていたりしたまま仕事に出れば、きっと怒られてしまったり、仕事や人間関係に支障が出てしまうのではないでしょうか。

 

それと同じように、心の〝内なる鏡〟を使わずにいたら、自分のおかしなところを直すことはできません。

 

自分のおかしなところを直すことなく身勝手な行為ばかりしていれば、また違った意味で仕事や人間関係に支障が出て、最終的にはどこにも居場所がなくなってしまうことでしょう。

 

〝内なる鏡〟に映る自分自身の三業を第三者の視点で見てみること・・・『やりたいかどうか』『楽しいかどうか』ではなく、『正しいかどうか』『よい結果を生むかどうか』で見てみるべきなのです。

 

判断するのではなく識別すること・・・そうすれば、おのずと自分自身の直すべきところが見えてきます。

 

そういった意味では、ほんとうに意識して見るべきなのは外側にある物質的な鏡ではなく、わたしたちの心にある〝内なる鏡〟であると言えるのです。

 

・・・〝内なる鏡〟を見ることは、物質的な鏡とは異なり苦痛が伴うことが多々あります。

 

ゆえに、多くの人々が、(ほとんど無意識的に)自分自身の〝内なる鏡〟を見ないようにしているのもまたひとつの事実なのです。

 

しかしながら、たとえそうであったとしても、自分自身のダークサイドをしっかりと認識し、受け入れ、悪いところは直し、よりよい未来を目指して歩み続けることこそがまことの人間性であり、まことに尊い生き方であると言えるのではないでしょうか。

 

今後もこの気持ちを忘れることなく自分自身も歩み続けてゆこうと、あらためて決意した今日この頃でした。

合 掌

館山市・南房総市・鋸南町の葬儀会社「三和仏商(サンワコーポレーション)」

テーマ:

内観と変化

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よりよい未来を求めるなら、決して変化を恐れてはいけません。

 

人は往々にして安定を求め、変化を嫌い、成長を停滞させてしまいがちです。

 

しかしながら、この現象世界においてもごく一部の例外を除き、太古の昔より種の存続を実現できたのは変化(進化)をいとわないものたちだけでした。

 

・・・つまり、よりよいものへと変化することを拒絶するもの、変化ができないものは淘汰されるのがその宿命なのです。

 

ゆえに、常に安定していること、変化を避け続けることなどは決してできないことであり、むしろ〝ほんとうの意味での安定〟を得るためには変化し続けなければならないというのが現実なのです。

 

よりよい未来を目指して変化を求めるのであれば、内観し、自身のネガティヴィティ(負の部分:シャドウセルフ)と対面しなければなりません。自身のネガティヴィティと対面することにはたいへんな勇気がいります。そしてそれを受け入れ、統合し、自身をよりよいものに変えてゆく作業は、たいていの場合大きな苦痛を伴います。

 

それでも、たとえたいへんな勇気が必要で、大きな苦痛を伴うのだとしても、反省して、よりよ い存在へと変化し続けてゆくこと、自身のネガティヴィティを克服してゆくことこそが、不幸を回避し、ほんとうの意味での揺るぎない強さと自信の根源とな り、繁栄のいしずえとなるのだとわたしは信じています。

 

先日ある方にアドバイスをいただいた際、変化し続けることの大切さ、内観して自身を知ることによってのみほんとうの強さと自信を得られること、すべての思考・言動・行動の根底には愛が流れていなければならないこと・・・これらの真実をあらためて認識させられました。

 

これらの真実はどれも聖典が語る霊的人間の基礎であり、わたしがいつのまにか過ぎ去りつつあったポイントでした。これらのポイントを過ぎ去ってはならないこと、これらのポイントに常に集中し、意識し続けることが大切であることを思い出しました。

 

ここのところ仕事に追われ、霊性修行がおろそかになりつつあったことを反省します。

 

今後もこの真実を忘れることなく初心にかえって精進してゆきたいと、あらためて決意した今日この頃でした。

 

合 掌

 

館山市・南房総市・鋸南町の葬儀会社「三和仏商(サンワコーポレーション)」

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